インスリン


1.インスリンによる三大栄養素の代謝
インスリンは、栄養素の同化を促進して、筋肉、脂肪組織、肝臓に取り込みます。
1).糖質代謝
グルコースの細胞内への取り込みを促進させます
インスリンは、グルコース(ブドウ糖)の細胞内への取り込みを促進させます。このインスリンの作用は、筋肉(特に、骨格筋)の筋肉細胞、脂肪組織の脂肪細胞で起こります。インスリンは、脳(視床下部を除く)、腎尿細管、胃腸の細胞には、作用しません。
グリコーゲン合成を促進させます
インスリンは、グリコーゲン合成酵素(glycogen synthase)を活性化させ、グリコーゲン合成を促進させます。このインスリン作用は、肝臓で起こり、グリコーゲン分解を抑制し、アミノ酸、乳酸、グリセロールなどからの糖新生を抑制し、グルコース放出を抑制します。その結果、肝臓に、グリコーゲンが貯蔵されます。
糖新生を抑制します
インスリンは、解糖系の律速酵素(調節酵素)である、グルコキナーゼ、ホスホフルクトキナーゼ、ピルビン酸キナーゼ、ピルビン酸デヒドロキナーゼを誘導、あるいは、活性化させます。また、PEPCK、フルコース-6-ホスファターゼ(glucose-6-phosphatase)の転写を抑制し、糖新生を抑制します。
PEPCK(phosphoenolpyruvate carboxykinase)は、糖新生の際に、オキサロ酢酸をホスホエノールピルビン酸にする際の、重要な律速酵素です。
インスリンは、PEPCKの発現を抑制し、糖新生を抑制します。
ステロイド受容体ファミリーのPPARγ(peroxisome proliferator-activated receptor γ)は、PEPCKの転写を促進し、糖新生を促進させます。
糖尿病改善薬のthiazolidinedioneは、PPARγと結合します。
インスリンは、骨格筋で、ヘキソキナーゼ(hexokinase U)を活性化させ、解糖系を促進します。インスリンにより、グルコースは、グリコーゲンとして筋肉や肝臓に貯蔵されます。また、解糖系が促進され、中性脂肪として脂肪組織に貯蔵されます。糖新生は抑制されます。
2).蛋白質代謝
蛋白質合成を促進させます
インスリンは、骨格筋に作用して、アミノ酸の細胞内への取り込みを増加させて、蛋白質合成を促進させ、蛋白質の異化を抑制します。
インスリンは、BCAAの骨格筋への取り込みを促進しますが、脳内の神経伝達物質の前駆体になる、芳香族アミノ酸(aromatic amino acids:AAA)の取り込みには、あまり影響しません。
3).脂質代謝
脂肪分解を抑制します
インスリンは、脂肪分解(lipolysis:中性脂肪の分解)を抑制します:
インスリンは、脂肪組織、肝臓で、PDE(ホスホジエステラーゼ)を活性化させ、cAMPを5'AMPに異化させることで、cAMP濃度を減少させ(
細胞では、グルコース濃度が低下すると、cAMP濃度は、上昇します)、ホルモン感受性リパーゼの活性を抑制します。
インスリンは、
リポ蛋白リパーゼ(LPL)の合成は、促進させます。
インスリンは、細胞膜表面のLDL受容体の活性を高める作用があると言われています。
インスリンは、アセチル-CoAカルボキシラーゼ(acetyl-CoA carboxylase:脂肪酸合成の律速酵素)、HMG-COA還元酵素(HMG-COA reductase:肝臓におけるコレステロール生成の律速酵素)を活性化させ、
脂肪酸やコレステロール合成を高めます
糖尿病で、インスリンが欠乏すると、ホルモン感受性リパーゼにより脂肪分解(lipolysis)が起こり、脂肪組織で中性脂肪が分解されて、遊離脂肪酸(FFA)とグリセロールが、血中に遊離され、高FFA血症になり、体重は減少します。
この他に、
高VLDL血症(IV型高脂血症)高LDL血症(高コレステロール血症)高TG血症(高中性脂肪血症、高トリグリセリド血症)なども、糖尿病時の脂肪組織の分解が原因と考えられています。
インスリンで、代謝が大きく変化する組織は、筋肉(骨格筋、心筋)、脂肪組織、肝臓の3種です。肝臓では、細胞内と細胞外のグルコース濃度は、ほぼ、等しい:肝臓では、糖輸送担体(GLUT2)が細胞膜上に存在しているため、細胞内へのグルコース取り込み量は、インスリンの作用に依存していせん。しかし、インスリンは、肝臓でグルコキナーゼ(glucokinase)を活性化させ、間接的にグルコースの肝臓への取り込みを増加させます。一方、肝臓は、糖新生によりグルコースを血中に供給します。
糖尿病では、グルコースの細胞内への取り込みは十分でなく、結果として、エネルギー源は、脂肪酸に依存しています:糖尿病では、飢餓状態と同様に、脂肪酸にエネルギー源を依存しています。インスリンには、Na+,K+-ATPaseを、細胞質から細胞膜にトランスロケーションさせる作用があるといわれています。インスリンは、Na+/H+チャネルを開放し、Na+が細胞内に、H+が細胞外に、受動輸送されるという説もあります(細胞内Ca2+は、増加し、細胞内pHが、アルカリに傾くという)。しかし、インスリンが、Na+,K+-ATPaseの発現を増加させ、細胞内Na濃度が減少した結果として、Na+/H+交換輸送体が開放され、Na+が細胞内に受動輸送されるものと思われます。インスリンは、NO(一酸化窒素)を介して、血管を拡張させるといわれています。
2.インスリンによるグルコース取り込みの促進
膵臓のラ氏島β細胞は、組織中のブドウ糖濃度に反応し、インスリンを分泌します。
インスリンが、筋肉細胞や脂肪細胞に存在する、インスリン受容体に結合すると、
@チロシンキナーゼが活性化されて、IRS-1(insulin receptor substrate-1)などがチロシンリン酸化されます。
AIRS-1のリン酸化チロシンに、PI3-キナーゼ(phosphoinositide 3-kinase)、Grb2・Sos複合体、SHP-2が結合すします。
BPI3-キナーゼが活性化され、プロテインキナーゼB(PKB、Aktとも呼ばれる)が結合します。
CPKBは、PDK1(phosphatidylinositol-dependent protein kinase 1)によりリン酸化され、活性型PKBになります。
D活性化PKBは、細胞膜を離れ、種々の蛋白質をリン酸化します。
この結果、筋肉細胞(骨格筋、心筋)、脂肪細胞では、糖輸送担体のGLUT4(glucose transporter 4)含有小胞の細胞膜への移動(トランスロケーション:translocation)が促進されることで、細胞膜上にGLUT4が出現し、細胞内へのグルコース(ブドウ糖)の取り込みが促進されます。この時、K+も、細胞内に取り込まれます。
活性化PKB(Akt)は、インスリンの蛋白質合成の促進作用やグリコーゲン合成酵素の活性化作用にも関与しています。肝細胞では、グリコーゲン合成酵素が活性化され、グルコースからグリコーゲンが合成されます。
取り込まれたグルコースは、グリコーゲンとして筋肉や肝臓に貯蔵ざれたり、解糖系を経て中性脂肪として脂肪組織に貯蔵されます。
インスリン受容体の数は、インスリン濃度が増加すると減少します(down regulation)。
運動により、骨格筋のATPが消費されてAMPやAMP/ATP比が上昇すると、AMPキナーゼ(AMPK:AMP-activated protein kinase)が活性化され、GLUT4のトランスロケーションを起こすとされています。更に運動は、ブラジキニンを筋肉から産生させることでも、GLUT4のトランスロケーションを起こします。つまり運動は、インスリンに依存せず、GLUT4のトランスロケーションを起こし、筋肉の細胞内へのグルコース取り込みを促進するので、糖尿病の治療に有用となります。
糖尿病では、インスリン抵抗性やインスリン分泌不足のため、筋肉や脂肪組織のGLUT4を介した細胞内へのグルコース取り込みが低下して、高血糖になります。
GLUT1は、脳に存在する糖輸送担体で、インスリン非依存性にグルコース取り込みをします。
脳神経細胞は、グルコースを主なエネルギー源にしていますが、細胞内へのグルコース取り込みは、インスリンに依存していません。
3.インスリン抵抗性(インスリン感受性の低下)
糖尿病の多く見られるNIDDM(インスリン非依存型糖尿病、2型糖尿病)は、インスリン抵抗性(と、インスリン分泌不全が、要因となっています。
インスリン抵抗性になると、インスリンへの反応が鈍くなります。結果、インスリンは過剰に分泌されてしまいます。高インスリン血症は、交感神経を活性化させたり、腎臓(近位尿細管、遠位尿細管、集合管)でNaの吸収を促進させて、高血圧の要因となります。また、インスリン受容体を減少させます(down regulation)。
アンジオテンシンU(AU)は、インスリン抵抗性の一因です。
インスリン抵抗性は、インスリン感受性を低下させることで、脂肪細胞への過剰な脂質(中性脂肪)の蓄積と細胞内へのグルコース取り込みとを抑制する、生理的な防御反応と見ることもできます。糖尿病への対応としてインスリン抵抗性を改善するには、まず第一に摂取カロリーを制限するのが重要です。
肥満を解消すると、インスリン抵抗性が改善されます。
アミノ酸の、アルギニンやリジンは、インスリン分泌を刺激すると言われます。
4.リポ蛋白リパーゼ(LPL)
インスリンは、脂肪組織のリポ蛋白(脂質を運搬する蛋白)リパーゼ(LPL)の活性を上昇させ、筋肉(特に心筋)のLPL活性を低下させます。このことは、砂糖と脂肪を一緒に摂った際、砂糖の摂取にるインスリンの分泌が、脂肪組織のLPL活性が上昇する一方、脂肪摂取により血液中の中性脂肪(カイロミクロン)が増加し、LPL活性が高まった脂肪組織に取り込まれることを意味します。
5.糖尿病性昏睡
糖尿病では、尿糖が増加するための浸透圧利尿と、インスリン作用不足により、水・電解質異常が生じ、糖尿病性昏睡の陥る危険があります。
糖尿病昏睡での浸透圧利尿による体内の水が喪失では、血漿中Na濃度が上昇し得るが、尿中へのNa排泄と循環血液中に細胞内から水が移動し希釈されることや、インスリン作用不足が、細胞内から細胞外へのNa汲み出しを減少させるので、
血漿中Na濃度は必ずしも上昇しません。しかし、Kは、インスリン作用不足により、細胞内への取り込みが減少して、高K血症(高カリウム血症)を来たす可能性があります。なお、インスリン治療を開始すると、Kの細胞内への取り込みが始まり、低K血症を来たす可能性があるので注意が必要です。