5代城主朝倉義景画像
朝倉氏の歴史
朝倉氏の祖先は、但馬国養父郡、現在の兵庫県養父市の豪族で、南北朝時代(1337年)に朝倉広景が主家の斯波高経に従って越前に入国しました。 朝倉孝景の代、1467年の応仁の乱での活躍をきっかけに一乗谷に本拠を移し、斯波氏、甲斐氏を追放して越前を平定しました。
以後、孝景、氏景、貞景、孝景、義景と5代103年間にわたって越前の中心として繁栄し、この間、京や奈良に貴族・僧侶などの文化人が下向し、北陸の小京都とも
呼ばれました。 1568年、義景は足利義昭を南陽寺に迎え観桜の宴を催しました。 しかし1573年、天下統一を目指す織田信長との戦いに敗れ、朝倉氏は滅び、城下町も焼き討ちにあい灰燼に帰しました。